木に生る青い宝石

宇賀治 花恵

18年6月12日(火) 10:28

6月に入りジメジメした毎日が続きますね( _ _ )..........
でも気が滅入ることばかりではありません!
6月は<青い宝石>ことブルーベリーの収穫時期なんです。
早速ブルーベリー農園におじゃまして青い宝石を調べてきました♪

今回おじゃましたキヤンセファームでは約2000株のブルーベリーが植えられているのですが
ちょうど収穫時期のものからまだ実が未熟なものまで状態は様々でした。
ブルーベリーのシーズンは短く、収穫期が重ならないようにして楽しめる期間を延ばしているそうです。




さて、早速ブルーベリーを収穫してみましょう。
下から見た時に大きくて色の濃いものを選んで優しく摘まみます。
すると…ポロっと採れました!



気品漂う深い青色がとても綺麗で、まさに宝石のようですね。
この表面についている白い粉は『ブルーム』といって紫外線や乾燥などから実を守るためにあるそうです。

大前さんのおすすめは3~5粒を一度に食べて食感を楽しむ食べ方だそうなので、このまま3粒ぱくっといきます。
甘いっっ!そしてみずみずしい!ベリー独特の酸味が清涼を感じさせます*:+゜・。*
ブルーベリーは収穫後の追熟はしないので採ったら直ぐ食べるのが一番おいしいとのこと。

梅雨の贅沢、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。
大前さん、ごちそうさまでした!

堀口地区に伝わる耳の神様

岩下 みなみ

18年6月6日(水) 11:25

昔々今から350年ぐらい前、田野の山へ犬と一緒にキジとりにいった猟師がいたそうです。
『今日もいっぱいとれるといいのう』
山奥に入ると深い谷があり谷底には川が流れています。谷を越えるには、その谷をおりなければいけません。
ある時いつものようにキジとりに行こうとそこを下ろうとした時、大きな大木が倒れ、谷と谷との間に木の橋がかかったそうです。
『これは運がいい。この木の橋を渡って隣の山へ行こう。』
その猟師は背負いかごいっぱいになるまでキジやハトを獲りました。
そして引き返そうと、倒れてできた大木の橋を渡り切ろうとした時、後ろから危険な視線を感じました。
振り返るとそれはそれは大きな大蛇が猟師を狙っていました。
男性は慌てて、持っていた火縄銃を構えてうちました。
『バーン!! お、当たった当たった!』
猟師は見事大蛇をしとめ、大蛇は深い深い谷底にひゅーーっと落ちていきました。
『どしーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!』
その落ちた音の大きいのなんの。
大蛇はそれは大きかったので地面に落ちた音はすさまじいものでした。
その音は村中に響き渡り、村人たちは耳がきーんとなり聞こえづらくなりました。
『耳が聞こえづらくなったのは、大蛇のたたりかもしれん』
そう思った村人たちは、ほこらをつくりお地蔵様を建てました。
大蛇の落ちた谷底は“蛇淵”(じゃぶち)と呼ばれ、深くそして昼でも暗い場所です。
そこまで下りてお参りするのは気がひけます。
そこで少し離れた東の丘に、拝むとその蛇淵の方向になるようお地蔵様は建てられました。
すると、何日か経って村人たちの耳は聞こえるようになったそうです。めでたしめでたし。


という昔話が、田野町堀口地区におよそ350年前から伝わっています。
これは、その地区に住む堀口幸博さんが小さい時に、おじい様から伝えられたお話です。

地区の方々は、”耳の神様”として大切にしています。



生目地区は目の神様として有名ですが、耳の神様が田野町にあることは知らなかったので驚きでした。
蛇淵と呼ばれる谷は、今でも暗く幸博さんも今でもその場所に行くのは怖いそうです。
耳の神様のお地蔵様をこれからも残していき、もっと皆さんにも知ってもらうため
そのお地蔵様までの道のりを整備する計画や、毎年8月には、地区の皆さんで清掃活動も行っているそうです。



「地区に伝わる伝説は、今ではしっかり語れる人は少ない。だからこそ大事にしたいし語り継いで守っていきたい。」
と幸博さんはお話します。

これからも地区の方を中心に語り継がれることでしょう。
耳の神様の場所は県道28号、日南高岡線沿い堀口営農研修施設の近くです。
木漏れ日や、鳥のさえずりの心地よいところでした(*´▽`*)
取材の時には地区の染矢さん、河野さんも来てくださいました。
幸博さん、素敵なお話ありがとうございました。

ピーマン食べて元気いっぱい★

岩下 みなみ

18年6月1日(金) 14:50

国富町ではハウスのピーマンが収穫時期を迎えています。
こちらでは、11年前から地元の保育園や幼稚園を対象に
ピーマンの収穫体験を行っています。
今回はその場所にお邪魔してきました!



まずは農家の黒木さんにお話を伺いました。
今年のピーマンの出来は、天候の影響でまだまだ収量のところでは
納得いくところまで達していないそうです。
しかし私の見る限り、色つやもよく大きさもあり美味しそうなピーマンができていました。



そしてハウスの中では、小さな農家さんたちがせっせと収穫していました。
子供たちからしたら、ピーマンでできたトンネルの高さはちょうどよさそうで
楽しそうにピーマンを収穫する光景は、とても可愛らしかったです(*´з`)





『みてみて!いっぱいとれたよ!そこの大きいピーマンもとってー!』
『あたしはもう2袋目だよ!今日は肉詰めにしてもらうんだ!』
と本当に楽しそうでした。
いつもは忙しく収穫されている、農家の皆さんも子供の笑顔をみて、癒されながら仕事なさっているように感じました。

黒木さんたち国富町のピーマン農家の皆さんは、こういった活動を行う中で子供たちが変わってきていることに喜んでいます。
それは、少しずつではあるものの、ピーマン嫌いがなくなってきたことです。
私がお話を訊いた女の子も、昔は嫌いだったけどこの収穫体験を3回体験するなかで、ピーマンが好きになったよとお話してくれました。
黒木さんたちにとっては嬉しい声ですよね☆
今回は国富町内10件の保育園、幼稚園が体験を行いました。
子供たちにこういった食育を行いながら、自分たちは技術面をさらに磨き美味しくさらに収量をあげていきたいです。
と目標を教えてくださいました。

今年もおいしいピーマンが農家のみなさんの惜しみない愛情によってできあがりました。
もりもりピーマン食べましょう!!(*´▽`*)

黒木さん、ピーマン農家の皆さん、北俣保育園のみなさん
素敵な楽しい時間をありがとうございました!



これは北俣保育園のお友達からいただきました!☆

次世代エンターテイナー農家

宇賀治 花恵

18年5月31日(木) 11:22

宮崎も梅雨入りしましたね。

取材に伺った日も大雨でしたが、
日南市北郷町に住むとってもおもしろいご夫婦が温かく迎えてくれましたよ♪


渡邉泰典さんと茜さんは二人三脚でいちご農園を営む仲良しご夫婦。

20代前半のご主人は農家歴2年ながら、
次々と新しいことに挑戦していくエンターテイナーでもあるんです!



もっと宮崎を盛り上げたい!いろいろやってみたい!という気持ちから、
現在はいちご農園のほかに、バルーン・皿回し・MCなどのパフォーマンスから
学習塾経営まで何でもチャレンジしているんです。
パワフルですよね!

好奇心旺盛なご主人の企画を、通帳とにらめっこしながらGOサインを出す奥様。
実は奥様もすごい方で、
チョークアーティスト・漫画家として活躍中なんです。

上のボードも奥様の手描きで、普段はカフェやレストランで
メニューやイラスト描きの仕事もされています。

本当に多才なご夫婦です(゚〇゚ ;)


そして、今年ご夫婦が新たにチャレンジしたのがこちら!



きくらげです!

乾燥した状態しか見たことがなかったので、生のきくらげは初めて見ました。

ご主人曰く、きくらげを宮崎で作っているのは2~3件しかいないので、
生で食べられるのは貴重だそうです。
食べやすい大きさに切ったきくらげを酢味噌やゴマダレと合わせていただきました。
コリコリぷりぷりした食感でとってもおいしかったです(^^)


そんなご夫婦の次なる目標は、

大好きな北郷町を“いちごうちょう”と呼ばれるくらい、

いちごで町を盛り上げていくこと!

次はどんなことに挑戦するのか、若い農家夫婦から目が離せません!

プロになって戻ってきました!★

岩下 みなみ

18年5月30日(水) 15:05

スポーツランド宮崎といわれる宮崎県では、様々なアスリートの方々が日々活躍され
また大会の開催場所としても、盛り上がっていますよね!

その宮崎に新たなアスリートが誕生しました!!
県内初!!女性プロ競輪選手、ケイリンガールの那須萌美さん(28歳)です。



昨年の3月、静岡県にある日本競輪学校に合格され取材させていただきました。
(その時の取材ブログはこちら→『目指すは競輪選手!☆』※記事へ移動します)
そして今年の3月見事!プロテストに合格され、5月1日付でプロとして選手登録されました。

那須さんとはおよそ1年ぶりの再会でした。
以前より日に焼け、そしてたくましくられたなという印象を持ちました。
なによりプロとなり無事に戻ってきてくださったことがすごく嬉しく、感動しました(*´∀`)

プロになられた那須さんに気持ちを伺ってみると、『嬉しい、よかったという気持ちもあるが、内心焦っています。』という言葉が返ってきました。
現在県内には、女性の競輪選手は那須さんしかいない状態です。そうなると、自分がどれだけ成長しているか、記録が伸びているかの比較が大会や、県外で行われる合同練習でしか確認する方法がありません。
なので日々の練習のなかで、自分自身でしっかり自分を客観視し、成長していかなければいけません。”焦っている”という言葉の中にはそういった思いがありました。その言葉を聴いた時、改めて那須さんがプロになったんだなと実感しました。

さて、競輪学校では1年間の学校生活のなかで、競輪の技術・体力などを、仲間と宿舎で生活を共にしながら磨いていきます。
この生活、1年間がいつも以上にさらに長く感じるぐらい厳しい生活だったそうです。
自転車の訓練がきついのはもちろんですが、宿舎での生活の規則は厳しく、携帯電話の持ち込みも禁止、起床・消灯時間もあり競輪に打ち込むための生活を送るそうです。
那須さんも最初は規則や訓練に慣れるのは大変だったそうですが、『自分たちは賭けられる対象。お客様の大切なお金を背負って走るわけだから、きつくてもあたりまえ。規則を守ってあたりまえ。』という考え方ができるようになったとき、きつく思わなくなりました。
さらに技術面では、自分の苦手なものを克服し逆に得意だと思えるぐらいにまで成長したそうですよ。
まさにプロ意識!心身ともに大きく成長された証拠ですね。本当に素晴らしいことだと思います。


そして5月28日には那須さんの初レースが青森県で行われました。
競輪学校で苦楽を共にした、同期21人の女性選手のうちの学校での順位の上位7名の方が出場できるレースでした。
結果は…4着!積極的に動けて次につながる走りができたそうです。お疲れさまでした(^^♪

これから宮崎を拠点に練習を重ねデビュー戦を経て、全国の競輪場で大会に出場します。
那須さんの同期の21名の方々は今回見事皆さんプロになられたそうです。おめでとうございます!!!
これからその皆さんとすでに活躍されている、100名程いるケイリンガールの皆さんと競い合ってゆくわけです。



県内初の女性競輪選手、那須萌美さんこれから応援していきたいと思います。
ケガに気を付けて、そして大会でのご活躍を願っています。


那須さん素敵なお話ありがとうございました。そして改めましておめでとうございます!!





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